TopPage  -> J・B・S・ホールデン『最後の審判』(1927年)

■J・B・S・ホールデン『最後の審判 〜未来の黙示録に記された地球最後の日〜』(1927年)

『The Last Judgment』(From『The Last Judgment』,  1927, John Burdon Sanderson Haldane )

訳文

Denique montibus altior omnibus ultimus ignis
Surget, inertibus ima tenentibus, astra benignis,
Flammanque libera surget ad aera, surget ad astra,
Diruet atria, moenia, regna, suburbia, castra.

BERNARD OF CLUNY,
De Contemptu mundi, Lib. 1

我々が住むこの地球には、はるか昔に、始まりがあったように、いつか、終わりが来ることも間違いない。これまでに無数の人々が地球の最期を様々な描写を もって予想してきた。この中では、キリスト教がヨハネの黙示録で示して見せた未来像が良くできたものではあったが、2つの致命的な欠陥も持っていた。まず 1点は、聖人とキリスト教徒という、一部の人類の観点で書かれている点である。未来の歴史家は、公正な立場で、黙示録に語られた獣とその信者に対して、あ らためて公式声明を求める必要がある。なぜならば、結局のところ、黙示録に登場する獣と偽預言者は、ある種の奇跡を引き起こして、効果的な報道の役目を果 たしたのだから。だからおそらく、「バビロンを覆う異質な空気が取り除かれた。17人の大天使が炎の中へ投げ込まれた」という部分は、戦争の初期の記録だ と思われるし、また、「さらに多くの敵が残虐を行い、預言者は燃えさかる硫黄の中へ投げ込まれた」という部分は、平和な時代の記録なのである。

加えてもう一つ、こちらのほうがずっと重要であるが、世界の終わりを適用する範囲の問題がある。人間のおろかな振る舞いが神を怒らせ、地球上の世界を消し 去るというなら良いが、宇宙全体まで消し去ることあり得まい。確かに我々はおろかであるが、宇宙も含めておろかだというのは行き過ぎだと思う。誇張気味に 言っても、宇宙全体で、この非常にちいさな地球だけが化膿している箇所である。ここだけ消毒するならたやすいことであり、また、あえて消毒するまでも無い ほどである。

個人的には、ヨハネの黙示録よりは、北欧神話にあるラグナレクに描かれた、現世の最期の様子の方が好みである。この神話では、神々の大戦争の中で人類が消 し去られてしまう。

「地上には姦淫がはびこり、
 剣の世、斧の世が訪れ、
 盾は割れ、
 嵐の世、狼の世によって、世界が消し去られた」

これは「ヴェルスパー(巫女の予言)」の中でノルウェーの女預言者が語った言葉である。この中では、おろかな人間の行いは世紀末に至った原因ではなくて、 その兆候として扱われており、神々そのものが、暗黒の力によって破壊されてしまう。フェンリル狼は神オーディンをひと飲みにし、世界を飲み込むほどに口を 広げていたが、ヴィーダルに顎を引き裂かれ、これは飲み込むことができなかった。後のキリスト教の影響で幸福な結末に書き替えられていったのだと思われる が、一度死んだバルデルは蘇り、生き延びた2人の人間の王として統治した。ここで一つ興味深いエピソードが含まれている。戦争の中、太陽は母親となって子 供を生み、母子は生き延びたという。寒冷なスカンジナビアでは、もちろん、親しみがあるが無力な太陽は、女性だとみなされている。このようなことは、温暖 な気候の地域ではほとんど見られないことである。

太陽に関して、今日、これが二つに分裂するということは、望ましいことではない。事実としては、約半数の恒星は2つ以上の星で構成されている。ここに見ら れるような恒星が分裂する理由は次のようなものだ。どの恒星も、それぞれの回転に応じた回転運動量、スピンを持っている。恒星の温度が低下すると恒星の径 は小さくなるが、回転運動量は保たれる。そのため、回転速度は速くなっていき、最後には速度に耐えられなくなり、フライホイールが破裂するように、2つに 分裂してしまう。太陽は約4週間の周期で自転しており、分裂に至るようには見えない。分裂するには1時間以下の周期での自転が必要だからだ。しかし、我々 から見えるのはその表面だけだ。昨年、王立天文学会のジーンズ博士は、太陽の内部はもっと高速で回転してる可能性を示唆し、もしそれが正しければ、明日に も分裂しないとは言い切れない。常識的にはそのような事が起こるとは考えにくい。これまで太陽は数十億年の間変わらず回り続けてきたのだ。でも分裂の可能 性は確かにあるのだ。

太陽の分裂が起これば、地球に壊滅的な打撃を与えるだろう。太陽の温度が上昇して、人類が焼き尽くされるというような事が直ちに起こるわけでは無いが、安 定していた地球の公転に変化を与えることになる。ある年は対の太陽へ向かって近づいていき、また翌年は遠ざかる、ということを年々繰り返して、徐々に分裂 していく太陽は地球に近づいてくることになる。衝突などまだまだ遠い距離だったとしても、対の一方の太陽が近づいたときには、空からの熱は現在の10倍に もなり、海は沸騰し、人類は死に絶えるに違いない。

太陽に起こるかもしれない変化は他にも考えられる。その中には、太陽の温度が下がる、という予想もあり、一昔前は、数百万年以内に確実に起こると考えられ ていた。しかしながら、これまでの数十億年の中で、最初の氷河期が地層に刻み込まれて以来、大きな温度低下は無く、今後も相当な長期に渡って、太陽の温度 低下は起こらないと見られる。現代の物理学では、太陽は少なくとも10兆年は輝き続けると予想されている。しかしながら、太陽が燃え尽きるよりも前に、我 々の地球に、奇妙な変化が起こると思う。

恒星は時々爆発を起こし非常に大きく膨れ上がり、大量の熱を放出した後、死んでゆく。この原因は未だ解明されていないが、太陽以外の一部の恒星に見られる 現象である。もし太陽がこのような大爆発を起こしたとすると、地球はちょうど、かまどの火の中を飛ぶ蝶のような状態で、とても耐えられない。このような爆 発の可能性自体は低い。人類の歴史の中では、地球近傍の恒星爆発は、まだ一度も起こっていない。シリウスではこのような爆発が観測されたことがあり、月が 地球にもたらすのと同じぐらいの光を地球に送ってきた。日中でも観察できる程だったという。我々の太陽では起こっていないが、他の恒星では起こっているこ の現象をもう少し深く理解しないと、地球にこのような結末が訪れる恐れがあるのかどうか、判断は難しい。

他にも、彗星や宇宙を浮遊する天体が、地球に災害をもたらすと警告する人もいる。地球上のすべての大陸で、過去1億年の間には、数マイル以上の大きさの隕 石が落ちた形跡は見られない。アリゾナの砂漠に落ちた隕石は、彗星の一部だったと考えられている。月の表面のクレーターは、宇宙を浮遊していた物体との衝 突に寄るものと考えられている。地球の表面を大きく破壊するほどの大きな天体との衝突が起こる可能性が低いことは確かだが、アリゾナの隕石程の衝突が起こ れば、ロンドンやニューヨークほどの面積に渡って痕跡を残すことになるだろう。衝突に至らなくても、もし地球の近傍を巨大な天体が通過したとすると、それ だけで地球は公転軌道から放り出されてしまう。順序良く並んで太陽の周りを公転している惑星たちはすべて、おそらく太陽系形成初期から、非常に長い期間に 渡って乱れることなく公転を保っている。この軌道が永遠に保たれるという保証はなく、今後1000年の間に公転が乱れる確率は、1000分の1以上だとい う意見 もあ る。

これまで私が分類したいくつかの予測は事故的なものだ。私が鉄道事故に巻き込まれるのと同じで、起こるかもしれないというだけのものだ。しかしながら、我 々の肉体が、一度も事故に遭わなかったとしても永遠に動き続けることが無いように、我々を乗せて宇宙に浮かぶこの地球も、やがてその環境が変化することは 間違いなく、生命の維持に必要な環境が損なわれることも考えられるのだ。まずは月について、その予測を述べよう。

スカンジナビアに住んでいた我々の祖先は、神々のたそがれを描くのに、月を登場させている。

 「東方の硬い木の上に老いた魔法使いが座っていた。
  そして、フェンリルの子を養っていた。
  生まれた子供は鬼のような形相で
  そいつが月を投げ落とした。」

さて今、預言者が神オーディンに語った未来は現実に、現代天文学に裏付けられる結果となる。いつの日か月が地球に対し非常に接近するか衝突するとすれば、 当然のように地球表面を大きく破壊する。あるイスラム教の神学者は、「月」というコーランの一節で、世界の終わりの記述を以下のように翻訳している。「時 が訪れ、月が割れた」。多くの場合、スカンジナビア以外の地域では、運命を預言する者たちはみな、世界の終わりには星々が天から降ってくると述べている が、 これは一匹のハエに、数千のゾウが落下すると言うのと同じ、星々が大きすぎて不可能なことだ。

この後の章で私は、充分起こりえる地球の終末の様子を、他の惑星からのながめとして描き出そうと思う。現実には私には、自分で想像できる範囲でしか地球の 破滅を描くことができない。なぜなら、4000万年後の人類がどのような姿をしているか想像してみるにしても、4000万年前には我々の祖先は、哺乳類で はあった にしても、サルとしか思えないような姿をしていたのである。これを、さらに十倍の未来を予想しようとしても、私には無理だ。4億年前、我々の祖先は非常に 原始的な魚類の形をしていた。これに近い人類の子孫の未来の変化は私には想像できない。

私に出来る事といえば、地球の破滅の進行を早回しで描き出すことぐらいである。そこで、これから語る物語は、4000万年後の子供たちが、金星でテレビ放 送を 見ている、という設定で、かなり大まかに英語に翻訳されていることとする。我々の遠い子孫達は基本的な概念も我々の想像を超えたものであろう。

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今日、地球に存在していた人類の滅亡は確実となり、もはや地球上には何の生命も存在しないだろう。以下は、我々の種族が太古の昔に暮らしていた地球という 惑星が破壊されていくまでの記録を要約したものである。

人類が生まれるずっと昔、18億7400万年前、太陽は巨大な恒星318.471.19543の近傍を通過した。この時、太陽の表面に引力による潮位変動 が起こり、多量の放射熱が 発せられた。この熱波は太陽系の惑星に影響を与え、特に地球ではそれまでよりも非常に速く自転するようになった。1年という公転周期は現在よりも少し短 かったようだが、後に人類が地球上に現れたときに比べると一日は約5分の1しかなく、一年が1800日であった。水の惑星といわれた地球は、自転の高速化に よって、数年間は楕円体のような形状となり、赤道部が膨らみ、両極が平らな形に変化した。太陽の引力によって起こされる潮位変動も大きくなった。これによ り、赤道部の頂点がついに月となって宇宙に飛び出してしまったのだ。この初期には、月は地球から非常に近い位置を公転していて、公転周期は1日より少 し長い程度にまで早かった。

まだ水が豊富な地球に対して、月は大きな潮位変化を引き起こし、それがブレーキとして働いて、地球の自転速度を低下させていった。なぜなら、潮位変化は自 転のエネルギーが元になっているからである。しかし、どのような方法であれ、ブレーキをかけるものは、回転体から力を受けるので、ブレーキが地球に働くこ とで、月の公転軌道は地球から遠ざけられていった。月は少しずつ速度を増し、そして少しずつ地球から遠ざかった。地球の表面は硬くなり、自転速度の低下で 一日が伸びるとともに、一ヶ月の長さも長くなった。地球上に生命が生まれたころには月はすでに地球から離れて公転しており、人類が生まれる16億年ほど前 から、均整の取れた距離を保っていた。

人類が月と地球の距離をはじめて測定したころは、月の公転周期は29日程度だった。潮位変動によるブレーキの効果は平均で20億馬力と見積もられた。この 潮位変化による摩擦で地球の自転速度は低下し、1日の長さが少しずつ長くなっていく。初期の進化論の基礎を築いたチャールズダーウィンの孫のジョージダー ウィンがこのことを発見したとされる。なお、ダーウィンは、モーゼ、老子、キリスト、ニュートンらとともに、神話上の文化的英雄と考えられている。

この潮位変動での摩擦効果は、100年毎に、一日が数秒遅くなる程度であった。摩擦は主に、北アジアとアメリカを隔てるベーリング海に発生していた。人類 は熱機関を発明した後、地球表面に存在する化石燃料を用いるようになった。そしてそれを数世紀の間で使い果たしてしまい、異なるエネルギー源を開発した。 水力は得られるエネルギーが少なく、風力は停止している期間が長い。太陽光は熱帯地方でしか実用化できなかった。そこで、潮位変動の利用が着目され、しだ いに主要なエネルギー源となっていった。総合栄養食品の開発で、世界人口は非常に大きくなり、世界同盟が作られた後の人口は120億人に達した。潮位エン ジンは発達し、増え続けるエネルギー需要をまかなった。人類が生まれてから100万年たつ頃には、潮位エネルギーの利用量は1兆馬力に達するまでになっ た。潮位エネルギー利用に伴う自転のブレーキ効果も50倍に増加し、一日の長さの増加に現れるほどであった。

自然の状態での速度減少であれば、一日の長さが1ヶ月にまで増加するには、約500億年必要だと見積もられていたが、地球の住人たちには、100万年以上 の未来を考える能力は無く、利用可能なエネルギー源を、おろかにも浪費してしまった。500万年が経過する頃には、人類はある均衡に達した人類は環境に完 全に適合し、個人の寿命は3000年、言うならば人類は「幸福」な状態となり、本能が満足された状態で生活していた。消費される潮位エネルギーは50兆馬 力に 膨れ上がった。地球上の大部分は、人工的な加熱で暖房され大陸の配置も変更された。しかし、人類の活動は、まず第一に、個人のつながりを生み出すこと、そ して、芸術、音楽に向けられていて、いわば、個人に快感を与える物体、音、活動を作り出すことを目指していた。

人類の進化は停止してしまった。自然淘汰は働かなくなり、他の要因で起こる緩やかな変化についても仕組みが解明されその働きが起こる前に抑制された。初期 の人類に見られた歯と呼ばれる器官(口内にあり硬くて骨のような構造を持つ)が退化した。しかしながら、美、という観点では、人類の外観は大きく変化する ことはなかった。個人の本能や文化的志向は、人間の交配にまだ影響を持っていて、肉体的な外観の基準が設けられていた。500万年経つ中で、痛みという感 覚がほぼ完全に退化したのだが、人工的な進化によるものではこれが最も大きな変化であった。個人の幸福だけが幸福ではないと考える現代の我々にとっては、 この時代の人類の取り組みには疑問が残る。

科学的な発見はどれも、歴史上の出来事になってしまい、科学の分野に取り組む人は、数学、生化学、動植物に関する生物学など、実生活への応用はほとんど無 いがもっと複雑な分野に取り組むようになった。科学と芸術が融合した園芸学の分野で、美しい花を進化させる努力が続けられ、また人類自身を変化させること にも応用された。しかしながら、進化は本来、変えさせられるよりも、自ら変化することに価値があるのではないだろうか。

800万年が経過するころ、1日の長さは2倍に変化、地球と月の距離は12パーセント増加、1ヶ月の長さは人類が測定を始めた頃の3倍に変化した。地球の 自転速度の低下率は年々増加していることがわかり、一部の人々は将来を憂えて他の惑星への移住を提案するようになった。それまでの惑星探査はすべて失敗に 終わっていた。地球からロケットを発射しても、空気との摩擦やあるいは惑星間の岩石でほとんどが破壊されてしまい、またそれらが回避できてつきに辿り着い たとしても、着陸の衝撃で破壊されてしまうのが常であった。その中で、2つの調査隊が酸素を持って月面に到着し、地球から影となって見えない面の月面の地 図を作成し、その結果を地球に送信することが出来た。しかし彼らも地球には帰還することができず、月面にて全員死亡した。これらの初期の探検に用いられた ロケットは、直径10m長さ50m程度の金属製のシリンダー形状であった。発射には数キロメートルの金属製チューブを用いた。下部は地下に建設され上部が 地表に露出していた。空気との摩擦を低減するため、この発射装置は高地に建造され、これによりロケットが空気層を通過する距離を短くした。チューブ内部も 真空とし、ロケットが通過するときだけ、上部の蓋が開閉する仕組みであった。ロケットの加速では、弱い爆発を繰り返して、1秒間に5キロメートルの加速を 与える方法を用い、ロケット本体に与えるショックを低減した。ロケットは空気層の下部を抜けると、そこからは本体の底部に取り付けられたロケット装置で推 進した。ロケットの底部は燃料が空になると分離される仕組みであった。ロケットはモーター回転や乗り込んだクルーが移動することで、進行方向を変えるしく みだった。

目的とする惑星の重力圏に入ると、噴射装置の多くを下方に向かって噴射することで減速を行った。そして最後に着陸する際に、いろいろな衝撃が予想される が、ここでは折りたたみ可能な金属製の足がつき出て着陸のショックを低減した。多くの場合、着陸が最も危険であった。良く知られていることだが、近年は新 しい推進方法も生まれてきている。例を挙げると、空気層を抜けた後は、1キロメートル四方の金属製の帆を広げ、太陽からの放射の圧力を捕まえる方法で、これ は、古代の帆船が風を捕まえて航海したように宇宙船を推進する方法である。

地球上で個人の幸福の追求は達成された訳であるが、逆にそのせいで、宇宙への探検に参加しようとするものは少なかった。自殺同然の志願者たちは死亡率が非 常に高く、ストレス状態からくる精神的な異常も見られた。西暦972万3841年、火星の探査に成功したが移住は不可能だろうと結論付けられた。火星で支 配的な生物種は、灌漑を行う文化を持っていて、我々が光として感じる放射線に対しては盲目で、他の惑星の存在を認識していなかったが、我々の持たない何か 別の感覚器を持っており、火星に到着した地球からの調査隊は彼らによって全滅する結果となった。

それから50万年後、金星への着陸に初めて成功したが、温度条件が厳しく、かつ空気中の酸素が少ないことから、隊員は全滅した。この後は、こうした惑星探 査の試みはほとんど行われなくなった。

西暦1784万6151年、潮位エネルギー利用による重大な問題のまず半分が現実のものとなってきた。一日と一ヶ月がとうとう同じ長さになったのである。 100万年以上の間、月は地球に対して常に同じ面を向けていたのだが、今では人類は、地球の片側からしか月を見ることができなくなった。月は常に旧アメリ カ大陸の上空に位置するようになった。今では一日が大昔の48日となり、一年は7.5日しか無いのだった。一日の長さが伸びるにしたがって、気候も大きく 変化した。長期間続く夜には厳寒が続き、日中はそれとは逆に高温に上昇した。一部には例外もあった。

人類が地球上に現れた頃は、造山活動と氷河期再来の時代であった。造山活動の多くは休眠を始めていたが、人類の歴史の初期には、一部の山脈と多くの火山が 現れた。しかしながら、この時代の直前までに、4回の氷河期が起こっていて、5回目の氷河期は、北半球の大陸の多くを、約20万年にわたって氷河が覆っ た。しかしながら人類の努力により、氷は比較的狭い地域に限定されていた。この時代が終わると、人類は共同で、残った地域の氷を破壊し始めた。22万年前 頃には、グリーンランドを覆っていた氷は、潮位エネルギー利用の影響で少しずつ溶けていき、この後は、大西洋は常に、氷の無い状態となった。その後、南極 の氷も同じ状態となった。人類の歴史の前半が過ぎる間には、一部の山岳地帯に見られた永久的な氷や雪はすべてなくなった。地球全体としては比較的穏やかな 均一の気候が広がっていて、地層などに残っている記録から、長期間この状態だったことが地質学的に確認された。

しかし、地球の回転が遅くなるにつれ、赤道部の大きさが縮み、地震や大規模な造山活動が活発化した。海洋部にたくさんの陸地が作られ、特に太平洋中央部に 多く現れた。そして、夜が長期になったため、新しい陸地上に大量の雪が堆積した。極地では、昼になってもこうした雪が太陽に照らされても溶けることがな く、例え溶けたとしても、下層土は凍結したままであった。人類の努力は続いたが、月の出入りが止まってしまった頃には、雪原や巨大な氷河が現れていた。こ れらの上空では定常的な高気圧が発生し、温暖な地域に嵐をもたらすとともに、熱帯地域には雨の降らない砂漠を作り出した。

一部の動植物は、この大きな寒暖差に適応したものもあったが、実際には、ほぼすべての野生の哺乳類、鳥類、爬虫類が絶滅した。多くの小型植物は、寿命が一 日であって、種子の状態で夜間を過ごすという適応を見せた。樹木については、人工的に温暖に保たれているものを除くて、すべてが絶滅した。

人類の総数は減ったが、まだ冷暖房の目的で多くのエネルギー需要があった。一年に15回起こる太陽による潮位の変化がエネルギー源として使われ、一日の長 さはさらに長くなろうとしていた。

今また月は、地球に対して、相対的な軌道を動いていたが、それは大昔とは異なり、西から昇って東に沈むという動きだった。最初はゆっくりと、それから少し ずつ加速して、月は地球に接近を始め、地上から大きく見えるようになった。西暦2500万年には、人類が月を観察し始めたころと同じ距離となり、そし て、やがて月が地球に落下する日が来るまで(それはつまり地球の終わりの日であるわけだが)わずかに数百万年しかないことがわかった。しかし、大多数の人 類は、種の絶滅を、自分自身の死程には大きく考えることが出来ず、迫る運命に対して、有効な対策を採ろうとはしなかった。

地球上の人類は予想される未来を重大とは考えなかった。生理学が生まれた後も、初期の人類は自分たちの寿命が短くなるような食品を飲んだり食べたししてい た。化石燃料は思慮無く燃焼されていった。初期の人類で色素の少ない種族が、自分たちの住む大陸の燃料を短期間で使い果たしてしまい、その後は、東アジア の黄色の種族が台頭することになるのだが、燃料の消費がゆっくりだったこの種族も、やがて同じように、燃料資源を使い果たしてしまった。色素の少ない種族 はこのような結末を予見していたのだろうが、あと数世代で燃料が枯渇することが明らかになるまで、回避の手立てを採らなかったのだった。このような結末に 至る前の時代、ニュートンやダーウィンが住んでいたとされる北大西洋の島の種族が化石燃料を最初に作り出し、そして最初に使い果たしてしまった訳だが、一 時は地球の大陸の多くを支配したこの種族も、歴史の舞台からは姿を消していった。

未来に対して鈍感であることとは対照的に、地球の住人は過去の出来事に影響を受けやすいという奇妙な特徴がある。初期の宗教では、このような現象が顕著に 見られた。我々の心理が未来のことをしっかりと考えるには、教育や日々の啓蒙が重要だ。しかしながら、地球には他に類例を見ない、大脳組織においてある種 の機能を決定付ける、H149、P783cといった細胞核によっても影響される。こうした理由から我々は、地球の自転低下を防止することより優先してこの 惑星の中心温度を封じることに莫大な労力を費やした。このような方法で、現在でも毎年いくらかの生命損失は発生し、しかも損失は年々増加している。お互い の生命を優先してきた地球上の住人の方法を模倣することは今日、禁じられている。

ほとんどの人々が短期的な視野だったのに関わらず、一部の人々は長期的な展望をもっており金星の探査が再び活発になってた。284回もの失敗を重ねて、よ うやく、調査隊が金星に辿り着き、初めて惑星の状況の詳細をレポートした後、隊員は死んでいった。金星の透明度の低い大気のせいで、初期の調査では光通信 が上手く行えなかった。現在では金星の雲を通過できる赤外線での通信が使われている。

人類の中の数十万の人々、これが我々の祖先となるのだが、個人は死んでも、人類という種族は生き延びるべきだと考えた。人類が金星に移住するためには、金 星全体の高温と、酸素の不足を乗り越える必要がある。そのためには、地球上で初期の生命が行ったことを、意図的な進化として行う必要があった。進化を引き 起こす過程は解明されていたので、試行することは可能だった。実験の被験者は広い世代から選ばれた。賛同しない者は辞退することも許された。これらの者た ちの子孫は、金星へ向かって開拓に挑戦し、それまでの2500万年の人類とは異なる伝統と遺伝的心理特性を持った種族として繁殖を始めた。古代の聖者や 戦士に見られた心理特性が、再び多く見られるようになった。宗教のように高く、かつもっと合理的な理想でありながら、愛国者よりもずっと大きく堅い意志が 必要な任務に何度も直面する中で、人類は自分自身の限界を超えていった。こうして進化していった人種の人々は幸福ではなかった。彼らの生活は不興に満ちて いた。病気や犯罪が再び発生するようになった。病気は、身体機能が環境に適応することが出来ないことが原因で発生するようになり、犯罪は、同じことが人間 の行動に対して発生したのだった。しかし、これら病気と犯罪は、英雄や殉教と同じく、進化の代償であったのだ。個人が代償を支払い、種族が利益を得たの だ。我々個人が、人生の中で、個人の利益について改めて考える機会は、1ダースにも満たないだろう。我々の祖先にとっては、個人の幸福を追求することがま ず最初の目的であったので、個人の代償が大きなものだと考えられていたのだが、世代を経るうちに、子孫たちは、代償を支払うことを苦とはしなくなった。

我々の祖先は、自己中心的な感情だけでなく、高慢や人物に対する選り好みなどの行動様式に少しずつ打ち克っていった結果、今日の我々にはこのような行動 は、ごく稀に奇形として発生することがあるのみとなった。また彼らは、他人の苦しみによって引き起こされる不愉快な感情である、哀れみというものを感じて いた。組織体への献身が完全に行われている生活では、個人は他人と同様になり、個人だけが重要ということは無くなる訳だが、地球上に見られるような、ずっと 結束の弱い社会にも、利他主義の基礎をなす感情が見られたのだ。

1万年の生活の中で、人間は地球の10分の1の酸素分圧と、体温が6度上昇した状態で暮らせるように進化した。もっと高い体温に適応するには、身体機能の 化学的かつ、構造的に大きな変化が必要で、もっと時間が必要だろう。金星へはさらに大きなロケットが発射された。1734名が出発し、着陸して生存したの は11人だった。そのうち最初の2人は最終的には死亡した。8人は我々の祖先として生きながらえた。金星で発見された生命体は、地球上の生物と非常に良く 似た分子から構成されていた。ただし、脂肪の成分が利用できない点と、一部の成分が激しい毒性を持つ点に違いがあった。3回目のロケットは、金星にあるL −グルコースや他の生命構成要素を分解するためのバクテリアを運んだ。一万年におよぶ研究によって作り出されたものである。これらの働きにより、金星の先 住生物は滅ぼされ、人類と、人類が地球から運んだ60種の地球生物が、金星で生活することが可能となった。

その後の、我々金星の歴史の詳細は割愛する。初期の移住での膨大な努力の結果、無限の進化の可能性をもった組織体の一員として、我々はここに定住するよう になったのだ。個体の進化は社会の仕組みで完全にコントロールされ、知的能力が大きく進化しただけでなく、2つの新しい感覚器が発達した。まず1つは、 100〜1200mの波長の放射線の波長を検知する能力で、これによりすべての個人は、活動しているあらゆる時間に、起きていても眠っていても、組織体か らの呼びかけを受けられるようになった。祖先の人類はこの能力なしでどのようにして集団の結束を図っていたのか、我々には想像できない。組織体、そして神 の一部を構成する我々自身に対して絶えず語りかけてくるこの波長認識には耳をふさぐことができない。この能力はこの広い宇宙の太古の昔から未来までも含め て、ただ我々だけが持つ能力だと思われる。この波長認識によって我々が伝え合う事柄は、地球では心理的な事柄に等しく、それは、芸術、音楽、文学の高度な もの、個人の善の認識、そして、太古の人類の宗教や愛国心などにあたるものである。異なる波長領域で我々が知る事柄は、すべての人々に必要な内容というほ どではない。これは不要ならば耳をふさぐこともできる。この能力は地球上で用いられていた電波通信と類似したものである。この新たな磁気感覚は重要性は低 いが、我々の惑星の不透明な大気の中で飛行する場合などに役立つ。地球上では不要な能力であったのだろう。我々には地球上に存在したころの名残であった痛 みという感覚が再び現れた。これは個人と、そして人類が逆境の中で生き抜くために必要だったからだろう。我々の進化はとても早かったので、地球から金星へ の最後のロケットが到着したとき、到着した人々は先住する我々とは共同生活できないほどの差があり、そのため、逆に到着者たちは、実験の被験者として利用 された。

最近の100万年の間には、月と地球は加速的に接近していた。地球から送られてきた情報によれば、潮位エネルギーの利用をすぐにでも大幅に縮小しなけれ ば、破滅が避けられないことが明らかになり、風力など他のエネルギーへの転換を行ったということだった。しかしながら、地球の住人は輝く月の接近が、自分 たちの破滅に至るということを信じず、地球と月の回転をエネルギー源として、ある程度利用を続けたのだ。西暦3600万年、地球から月までの距離は初期 の5分の1にまで縮まった。地球から見た月の大きさは、太陽の25倍となり、1年に4回の周期で高さ200mもの潮位変化を起こしていた。潮位による圧力 での、地球から月への影響も現れ始めた。月面の山脈では、大規模な地すべりが起こり、表面には部分的に割れ目が生まれた。地球でも地震が頻繁に発生するよ うになった。

とうとう月の崩壊が始まった。月は地球に非常に接近し、天空の20%を覆うようになり、月の表面の岩石片が、地球に向かって落下を始めた。地球に最も近い 部分はすでに大きく割れてしまっていたが、これが直径1キロメートルほどの隕石のように浮き上がり、地球の周りを独立して回転し始めた。それから1000 年程は、このような変化が少しずつ進行し、地球上では日常的なこととなっていた。最後の時は、ある日突然訪れた。その様子は金星からも観察され、途中まで は地球からもその様子が通知されていた。地球に面していた月面の窪みが突然口を広げ、中から白熱の溶岩が噴出した。月が地球の周りを回っていたため、熱帯 地方の気温は、川や湖が干上がるほど上昇し、森林はすべて破壊された。

それまで地球上では、人類の楽しみとして、様々な色の植物が生育していて、我々の金星からも眺めることが出来るほどだった。しかし、それも消え失せた。厚 い雲が地球を守るように覆った。しかしその上空には、月面の炎の海がその範囲を広げていって地球の重力によって、たくさんの光る筋を成していた。それから 3日で月は完全に崩壊し、白熱の溶岩の塵のリングを地球の周りに形作った。地球からの最後のメッセージでは、氷が解けて気温が35℃にまで上昇した南極以 外の土地では、人類はみな地下に避難したとのことだった。それから1日で、崩壊した月の最も大きな破片が地球に落下した。この破片から飛び散った岩石も次 々と地球に衝突し、他の岩石片も地球へと落ちていった。水蒸気と火山灰が、死者を覆う白衣のように地球を覆い、我々の星の天文学者達は、その合間から熱帯 地方の地表面が、数キロメートルの深さで、月の破片にえぐられていることを観測した。以前、大陸を成していた部分は、一部その形跡を残していたが、他の部 分は熱湯の海の中に沈んでしまった。もはや生存している人類が残っているとは考えにくく、分光測定の結果からは、植物の存在を示す、葉緑体の吸収スペクト ルも観測できなくなった。

崩壊した月の破片は土星にも似てもっと密度の高いリングを、地球の周りに形作った。その後、3万5000年の間、平衡状態に至らない岩石が、地球上に落下を続 けた。この期間が過ぎると、地球上の熱帯地方には巨大な山脈が形成されるとともに、両極の周りには、リング状の2つの大洋が生まれ、再び人類が生存可能と 思われる環境が生まれた。金星では、地球へ向かう準備が行われた。金星表面の5キロメートル以内の表層から有用な資源が大規模に掘り出された。また、地球 への移住に成功した場合には、人工的な塔を互いの星の中層電離層を越えるように建設し、双方の通信には、光の代わりに電波通信を用いる計画が立てられた。

地球に残留した旧人類は、個人の幸福を追求して、この事自体には成功したのかもしれないが、天から落ちた炎に焼き尽くされて死に絶えた。これは仕方の無い ことだったのかもしれない。個人の幸福の総和を計算して、どうだと判断することは出来ないのだから。1000万人の幸福が、10人の幸福の100万倍だと は言い切れない。しかし、1000万人の人々が一致団結すれば、個々人がばらばらに活動するよりも、優れた結果に至ることも確かである。これこそが我々の 組織体である。多くの地球の住人が望んだように、月が静かに崩壊して、何の被害ももたらさなかったとしても、そうであれば恐らく、人類は3万9000年ではな く、1億年ほど生存し続けたに違いないが、結果として彼ら人類が、さらに優れた何かに至ることは無かったに違いない。

地球への移住の後、次は、木星への移住が計画された。表面温度は130℃と高く、重力も金星の3倍、地球の20倍の強さがあり、大気にはソロンと呼ばれる 放射性ガスが相当量含まれている。移住の可否はまだ不明である。我々の星への移住の時と同じ様に、強い重力が肉体を破壊することも考えられるが、個体の大 きさがもっと小さい生物であれば、木星上の生命も可能ではなかろうか。身長が我々の10分の1という小型の人種、そして短く太い足と、太い骨格を持つ人種 の育成が始まった。これらの人種は内臓器官も強くなければならない。彼らは人工的に重力を発生させるための回転する遠心装置を用いて選別され、経代に適応 したもののみが残されていった。木星のような強烈な低温環境への適応(※訳者注。原文のcoldは間違いか?)は現実的ではないが、全長1キロメートルほどのロ ケットを打ち上げる計画が立てられており、数世紀の間、人類が生活するのに充分な資源を詰め込んで木星へ向かい、その間に木星で資源の開発を行うのが狙い なのである。1000分の1の人数が生存することを目指しており、そして木星への移住が成功すればさらに、遠い太陽系惑星を目指すことになっている。

約25億年後、太陽系は現在に比べるとずっと星の密度の大きい領域を通過すると見られている。そこで人類が生存可能な惑星が発見される可能性は、1万分の 1にも満たないであろうが、着陸できそうな惑星の近くを通過する可能性なら、充分あるのではないか。その時我々が太陽系の惑星を十分コントロールできてい る状態であれば、新たな試みに挑戦するチャンスである。地球と金星の間の移動は、最短でも1年の10分の1、太陽系から離れた惑星への移動は最短で100 年から1000年、これを考えると、ロケットによってクルーが無事に着陸する可能性は、100万分の1にも満たないかもしれない。しかし、このような時こ そ、植物が多量の花粉を飛ばして生存しようとするように、人類も犠牲を払うことが必要ではないだろうか。そしてまた、このような新しい惑星という環境にお いてこそ、人類の脳は、現在の我々には未知の新しい能力を開花させる可能性があるのだ。我々の銀河は少なくとも、80兆年程度の寿命があるだろう。この時 間が経過してしまう前に、地球という故郷を失う経験を経た、我々人類の子孫は、利用できるものはすべて利用できるように準備することが望ましい。これがあ る程度達成されていれば、ちょうど我々が目撃した地球の最後に似た出来事が再び起こったとしても、恐れるには及ばない。異なる銀河へ移動すれば良いだけな のだから。

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結び

未来を予見しようとするならば、どんなに素晴らしい内容だったとしてもこれだけは守るべきというポイントがある。まず1つは、未来は我々の望むとおりにな るとは限らない、という点である。ピルグリムファーザー達は、イギリスでジェームズ王の下にいた方が、コールリッジ大統領が治めるアメリカに行くよりも幸 せだったに違いない。ある時代の偉大な理念は後世では忘れられてしまうのが世の常である。後世まで残るものは、芸術や文学の作品の表現された場合だけだ。 先に私は、個人幸福の追求に終始する地球上の人類を描いて見せた。対照的に金星は、個人は巨大なアリ塚の一部であるように描いて見せた。私自身の理想は、 この2つの中間的な所にあり、それは現代に生きる人々もみな同じだと思う。しかしながら、私には、この理想が実現できるようには到底思えない。宗教の言葉 で言えば、神の道は我々の道とは異なる、ということになる。科学に関して言うと、人類の理想は、思い通りにならない自然過程の産物である。

2つ目のポイントは、時間レンジを適切に設定する必要がある、という点である。地球はこれまでに10億〜80億年の歴史を持っている。人類の歴史はと言え ば、これはせいぜい6000年である。地球の年齢をこれに当てはめると、人類の歴史はたった2〜3日という事になる。未来に起こることの実際の内容は、私 の予測よりもはるかに驚くべき内容であることは間違いないと思う。我々は自分が予想できる時間の範囲を知ることで、たどたどしくも未来の可能性を考えること が精神の優れた鍛錬になることに気づくはずだ。

なぜならば、宗教の重要な要素は、宇宙全体に対する感情の態度である。古くからの神話が時間的、空間的に限定されたものだということ、本当は時間と空間の 可能性は無限とも言える広がりを持つということを認識することで、我々が研究を始めたばかりのこの宇宙がどのような目的で作り出されてきたのかを推論して いかなければならない。我々個人的、国家的、国際的な目的と言ったところが、すべて、人間の寿命の範囲での視野でしかない。

 「すべての人間の目の前には永遠と言う名の
  砂漠が広がっている」

優れた宗教が教えるように、個人は自分自身よりも大きな計画に従うことでのみ、より良い人生を送ることができるという、これがもし真実であるならば、その 計画が神によるものか、人間によるものかにせよ、その実現可能な規模を認識することは我々の使命である。これ以外には、無秩序へと歩み続ける人類を止める 良い方法は見つからない。そして、これでさえも、必要ではあるが充分とはいえない。大きな計画において、我々が互いに協力し合えるという保証は無いのだ。 言語にせよ、芸術にせよ、発明にせよ、新たな概念を生み出すような人は、積極的に協力し合うことが出来るだろう。平凡な人間にはこれが出来ないのであり、 それならば、その人間は、自分の重要な仕事は、創造的な人々を助けることであって、創造的な人々を邪魔することが重い罪だと知るべきである。

天文学や地質学が描き出す宇宙観を信じる人々が、その重要な目的が、人類の暮らしをより良い幸せなものにするために、人類の中のわずかな人々が提供してく れたものだと言うことを、理解しているようには思えない。このことも一つの目的ではあるが、最も重要だという程ではない。我々はみな、すべての出来事は何 か、偉大な輝かしい目的を持っているのだと、漠然と考えている。たとえばアレクサンダー教授は、「宇宙、時間、神」という著書で、創造主が苦しみ、働いた その目的は、心が人生と関連を持ち、人生が物質と関連を持つように、心との関連をもった新たな存在の出現である、としている。それは高次の宗教の表現に見 られるものへの衝動である。このような考え方を受け入れない限り、神話が描き出す世界観と、何も変わらなくなってしまう。私が思うに、神話の多面性は正し い、しかし、潮位エネルギーを利用すべきかどうかは、未来の技術者たちの課題として残っている。

人間のこのちっぽけな世界にはやがて終わりが来る。人間の知性はすでにそれを予見している。人間の知性の及ぶ範囲を広げ、意識の視野を広げることが出来れ ば、世界の終わりは回避できる。それが出来なければ、我々に対する審判は下され、人間と、人間が作り出したものすべては、永遠に消え去る。人間は、永遠と 無限の中に横たわる己の運命を見つけ出すことが出来るか?その運命に比べれば、個人の価値など取るに足らぬものだと知ることが出来るか?あるいは、最後の 瞬間がそれより早くやって来るのか?

「海沿いの市場は早々に店をたたむ
 静かな日曜日はいつまでも続く
 地球だって昔は輝いていた無数の星の中の一つ
 恋人たちだって最後には平和を見つけ出す」

脚注

サマセット・モームのトラベラーズ・ライブラリーに入っている科学評論 である。
これが書かれたのは、人類が宇宙へ進出する数十年前である。 人類が宇宙へ進出するスピードは、ホールデン教授の予測より数千万年速く進行しており、このこと自体は素晴らしい事だが、 人類が滅亡へと進むスピードもおそらく、ホールデン教授の予測よりずっと速いのだ。 ホールデン教授の警告に対して、現代の我々の経済至上主義を、一度冷静に考える必要はないだろうか。
私には聖書や北欧神話の知識が乏しく、英語力も心もとない。間違いに気付いた方は指摘頂きたい。
冒頭にある「De Contemptu mundi」は、いわゆる「こんてむつすむん地(キリストにならいて)」ではない。これは、12世紀のベネディクト系司教、BERNARD OF CLUNYによるラテン語の詩の、引用である。なお「こんてむつすむん地」(京都、原田、1610年)は、この引用とはまったく関係ないが、現代人として 一読すべき名著と思う。切支丹文学集1、2(平凡社、新村出、柊源一、1993年)などで読める。


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