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■サマセット・モーム『世界の十大小説』のこと
(Wiliam Somerset Maugham,Ten Novels And Their Authors, 1954)
ウィリアム・サマセット・モーム氏が彼の著書『世界の十大小説』で挙げている十大小説のリストは以下のものだ。
”世界の十大小説”著者/作品名
1 フィールディング/トム・ジョーンズ
2 オースティン/高慢と偏見(自負と偏見)
3 スタンダール/赤と黒
4 バルザック/ゴリオ爺さん
5 ディケンズ/デイヴィッド・カパーフィールド
6 フロベール/ボヴァリー夫人
7 メルヴィル/白鯨
8 ブロンテ/嵐が丘
9 ドストエフスキー/カラマーゾフの兄弟
10 トルストイ/戦争と平和
多くの人々にとって、この読書リストはためになるにはなるのだが、やはり、19世紀までの小説を中心としているため、現代に生きる僕らにとっては、ストー
リーを実感として楽しむ事が難しい作品も混ざっている。
特に、白鯨…新潮文庫の和訳で読まれる方がほとんどと思うが、どうだろう、時代錯誤の感があり、面白く読むのは難しいのではないだろうか。アメリカにはこ
ういう時代もあったのだ、という歴史的な勉強の意味で読む書物のように感じる。最後まで読めなくても、それはあなたの責任ではない。僕はモビーディックの
読書中、頻繁に睡魔に襲われた。
同じくモーム氏による『世界文学100選』という、短編のアンソロジーがある。冒頭にモーム氏による解題が載せられており、この中には「これを読まなけれ
ば
現代人として遅れている」という10の小説のリストが挙げられている。こちらも紹介すると、
”Tellers of Tales”に挙げられた十篇 著者/作品名/重複(*)
1 セルバンテス/ドン・キホーテ
2 ゲーテ/ヴィルヘルム・マイスター
3 オースティン/高慢と偏見(自負と偏見)/(*)
4 スタンダール/赤と黒/(*)
5 バルザック/ゴリオ爺さん/(*)
6 フロベール/ボヴァリー夫人/(*)
7 トルストイ/戦争と平和/(*)
8 ディケンズ/デイヴィッド・カパーフィールド/(*)
9 ドストエフスキー/カラマーゾフの兄弟/(*)
10 プルースト/失われた時を求めて
となっている。
僕の読んだ感想としては、こちらのリストの方がずっと、現代に生きる僕らの感性に近いものだ。最近、岩波文庫から『ヴィルヘルム・マイスターの修行時代』
も復刊されており、ここに上がっているリストは、すべて文庫本で手に入る。長編ばかりだが、是非挑戦してみてはどうだろうか。
十大小説の私的書評
ドン・キホーテ
セルバンテス
(Miguel de Cervantes Saavedra, El Ingenioso Hidalgo Don Quijote De La
Mancha, 1605)
岩波文庫、訳:永田寛定
モームの挙げた十大小説の中で、最も現代的な匂いのする作品。非常に現代的。僕が連想するのは、ヌーヴェル・ヴァーグの映画、特にジャン・リュック・ゴ
ダールだ。私論だが、このモダンさは、セルバンテスがドン・キホーテに埋め込んだいくつかの短編小説が作り出す、『不連続な感じ』にあるのではないかと
思っている。DJが既成の音楽をつなぎ合わせることで、新しい音像を作り上げる感覚にも似ている。セルバンテス自身は、おそらく、このような効果を意識し
た訳ではないだろう。自分の作品の中から、自信のあるものを、無理やり押し込んでいるだけのように思われる。それが結果として、400年の年月を超え、
21世紀の僕らに(僕に?)モダンな匂いを伝えている。何度でも読み返したい作品。
ヴィルヘルム・マイスターの修行時代
ゲーテ
(Johann Wolfgang Goethe, Wilhelm Meisters Lehrjahre, 1796)
岩波文庫、訳:山崎章甫
文学、演劇を修行する物語から一転し、卒業証書授与。まったくもって驚きの物語だった。『美わしき魂の告白』という章が印象に残っている。
モームの言うとおり、面白く読める。しかし、意味を考えると判らなくなる。
再度、読み返そうと思うほどではない。
高慢と偏見
オースティン
(Jane Austen, 1775-1817, Pride And Prejudice, 1813)
新潮文庫、訳:中野好夫
娘の結婚をめぐって、家族が繰り広げる日常の物語は、日本で言うならば、笠智衆、原節子が演ずる小津安二郎の映画の世界。
リズミカルに進んでゆく物語は、とても面白く読める。そう読むべき小説なのだろう。
再度、読み返そうと思うほどではなかった。
赤と黒
スタンダール
(Stendhal, 1783-1842, Le Rouge Et Le Noir, 1831)
新潮文庫、訳:小林正
恋愛の衝動の激しさがリアルに描かれる。
面白く読める作品ではあるが、僕自身は、再度、読み返そうと思うほどではなかった。
ゴリオ爺さん
バルザック
(Honore de Balzac, 1799-1850, Le Pere Goriot, 1834)
新潮文庫、訳:平岡篤頼
モームは、バルザックの作品から、この『ペール・ゴリオ』を挙げている。当然面白いのだが、人間喜劇から作品を挙げるならば、他にもっと、面白いものがあ
るのでは無いだろうか。僕が、人間喜劇から読んだ作品では、(賛否はあると思うが)『カトリーヌ・ド・メディシス』が最高に面白かった。
人間喜劇は、ペール・ゴリオを含め、どの作品も何度でも読み返したいものばかり。
ボヴァリー夫人
フローベール
(Gustave Flaubert, 1821-1880, Madame Bovary, 1857)
新潮文庫、訳:生島遼一
スタンダールの『赤と黒』に、非常に似た印象を持った。恋愛の衝動がリアルに描かれる。リアルすぎて、逆に驚きが少ないのかも知れない。
とても面白い作品。再度、読み返そうと思うほどではない。
戦争と平和
トルストイ
(
Leo Tolstoy, 1828-1910, War and Peace, 1865-1869)
新潮文庫、訳:工藤精一郎
最終章で、人間の社会を熱力学に例える話が出てくる。豊かで、壮大で、非常に面白い物語の最後、この説明を読んでさらに、この『戦争と平和』という小説が
狙った本当の深さを知った。トルストイがいかに偉大な小説家であるか、思い知らされた。
トルストイは、人間の自由意志を証明しようとしていた。僕も自由意志を信じたい。社会は、ちっぽけな我々人間の意志の熱力学的な総和であるはずだ。
面白く読める。何度も読み返したい。読み返す必要がある。
デイヴィッド・カパーフィールド
ディケンズ
(Charles Dickens, 1812-1870, David Copperfield, 1850)
新潮文庫、訳:中野好夫
立身出生という考え方は、現代の僕らにはなくなってしまった概念なのかも知れない。僕自身は、振り返ってみると、温室で育てられた、ひ弱な人間である。
たいへ面白く、安心して読めるが、身につまされる実感がなかった。
再度読み返したいと思うほどではない。
カラマーゾフの兄弟
ドストエフスキー
(Fyodor Mikhaylovich Dostoevsky, 1821-1881, The Brothers Karamazov,
1880)
新潮文庫、訳:原卓也
神と人間、善と悪を追求している。この主題に関しては、僕には、多くを語ることが出来ない。
推理小説的な緊張感もあり、本当に面白い作品。
また読み返したい。(長編なので、まだ1回しか読んでない。)
失われた時を求めて
プルー
スト
(Marcel Proust, 1871-1922, A la recherche du temps perdu, 1913-1927)
ちくま文庫、訳:井上究一郎
恋愛と嫉妬を追及した作品。読むほどに、自分自身の恋愛の回想が脳裏に浮かび上がる。物語の進行とは別に、自分自身の中に、過去の恋愛の匂いや、触覚が蘇
り、恋わずらいの重い病状が再発する。
長編なので、通して読んだのは1回だけだ。どこを開いても、そこから読み出して面白く読める。何度でも読める。読むほどに傷付けられる。
トム・ジョーンズ
フィールディング
(Henry Fielding, 1707-1754, The History of Tom Jones, a Foundling, 1749)
岩波文庫、訳:朱牟田夏雄
モームは『健康的な作品』としているが、健康的というよりは、躁状態の、病的で異常な明るさと思う。各章の冒頭で、作者自身の語りが饒舌で、とても面白
い。
もう一度、読み返そうと思うほどではない。
白鯨
メルヴィル
(Herman Melville, 1819-1891, Moby-Dick, 1851)
新潮文庫、訳:田中西二郎
ハリウッド映画的、壮大な物語。
(僕の”ハリウッド映画的”は、ほめ言葉ではない。)
僕には理解が難しかった。再度、読み返そうとは思わない。
嵐が丘
ブロンテ
(Emily Bronte, 1818-1848, Wuthering Heights, 1847)
新潮文庫、訳:田中西二郎
登場人物たちの激しい個性が面白い。
昼のワイドショーによくある、異常な事件の再現ドラマのような雰囲気を感じた。ほとばしる個性が、当事者ではない何か(作者?)を経て、読者に伝わってく
るという印象。
再度、読み返そうと思うほどではなかった。
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