TopPage  -> エラリー・クイーン『エラリー・クイーンから読者への挑戦状』(1938年)序文

■エラリー・クイーン『エラリー・クイーンから読者への挑戦状』(1938年)序文

(Ellery Queen, Ellery Queen's Challenge To The Reader,An Anthology, Introduction, 1938)

訳文


<エラリー・クイーン氏考案の型破りな推理小説アンソロジーが、生まれた経緯とは…>

エラリー・クイーン氏は、世界で最も格式あるクラブの会員である。 会員数は8217人を数える。 クラブの中核メンバーはたった一人。それは彼自身である。

他の8216人はというと…。 退役将校でもない、 トランプゲームのファンでもない、 W・S・Jの愛読者でもない、 春たまねぎに対するフロックスの景観の優位性を語るアマチュア園芸家でもない。 もっと地味な者たちである。なぜならば、真面目に言い直すと、 残りのメンバーというのは、すべて「本」なのである。

クイーン氏のクラブで、たった一人、生きている会員は、風変わりな特権を持っている。 クラブに出掛けたいと思ったときに、家から外へ出掛けていく必要がない。 クイーン氏のアパートの最も広い一室が、クラブのために確保され、 その運営は適切かつ確実に行われている。 いや、もっと正確に述べるなら、クイーン氏はドアを開けて敷居をまたげば、 すぐにクラブに到着する、というわけ。

暖炉の前のアームチェアに腰掛けてしまえば、世間の雑事に煩わされる事なく、 クラブの会員たちとの時間を過ごす事が出来る。 このような優れたクラブが、世の中に知られていないとは…。 お分かりだろうが、英国でお馴染みのハンティング・プリント、悲しげな表情のシカの頭の壁飾り、 などを壁に飾るスペースはない。 なぜなら、床から天井まで、1インチの隙間もなくびっしりと、本棚になっているのだから。 しかしながら、本棚に並んだ本の背の表題は、力強く主張している。 クイーン氏の聖堂には、論理と想像力が結びつく事で生まれた、美しいヒロイン、 勇敢なヒーロー、頭脳明晰な探偵、凶悪な殺人者、こういった登場人物たちがひしめいている。 そしてまた、これらの本棚に葬られた惨たらしい遺体からは、真っ赤な血が流れ出し、 暖炉の炎を消してしまい、クイーン氏もその血の海の中で溺れてしまうのである。

クイーン氏はつまり、世界中の犯罪小説、推理小説を、最も完璧に集めている収集家であるのだ。 コレクションは、現代、中世、古代に渡る。 経年劣化を防ぐため、羊皮紙でカバーされたり、革の書類入れに収められた貴重書、 大陸から取り寄せた、血なまぐさい小説のペーパーバック版、 最近のベストセラー、オークションで3000ドルで落札したもの、 値札も、リラ、マルク、ズロティ、ペンゴなど色々。 作者は、ウェルギリウス、S.S.ヴァン・ダイン、ヘロドトスから、 ファーガス・ヒューム、コップルストーン、チェスタートン、ポー、ポースト、 聖書外伝の作者、マージャリー・アリンガム、このような名前がずらりと揃っている。 アンクル・アバナーからプリンス・ザレスキーに至る、注目すべき探偵も沢山いて、 名作がひしめく本棚で、自分の明晰さを主張している。

この素晴らしいコレクションは、かつてはクイーン氏だけが所有し、彼の個人的な喜びであった。 クイーン氏は友人に暇を告げて、少し黄ばんだ書物のページの世界で、スリリングな読書に没頭していた。

さて、それがある日のこと、友人のJ.J.マックが、87番通りを歩いていると、 冷たい灰色の雨に降られ、雨宿りにと、クイーン氏の部屋を訪れた。 クイーン氏は「ネズミの鳴き声」事件の難しい仕事に疲れたところだったので、 友人を快く迎え入れた。 (この事件で、クイーン氏が、モット通りの物音を手掛かりに、上海での 国際的な示談に辿り着いた事を、覚えている読者もいるだろう。)

J.Jは上着、ネクタイ、靴を脱ぐと、スコッチウイスキーのボトルを手に取って座り、 疲れた表情で、炎に照らされる書棚の壁を見つめて言った。 「今週はどのぐらいの推理小説が出版されたのかな?」

「大した事は無かったよ。」クイーン氏は肩をすくめて答えた。 「アメリカで8冊、英国で11冊、大陸では1ダース、といったところかな。 坊ちゃん、お嬢ちゃんが止めてくれないなら、国会図書館にでも引っ越すよ。」

「歴史書の方はどうなんだい?」

「少しずつだが、やっているよ。例えばこんな本だ。」エラリーは分厚い本を友人に差し出した。

「なんだ、ラテン語じゃないか。」J.Jは恐る恐るページをめくった。

「フランチェスコ=マリア・グアッシォの、”悪行要論” だよ。1608年、ミラネスの初版ものだ。」

「推理小説は、そんな昔からあるのかね?」

「はっきりとは言えないんだが、この本には古代の犯罪の、とても興味深い事柄が書かれているんだ。さしずめ、 悪人についての百科事典といったところだよ。」

「でも、これで何をするんだい?」

エラリーは笑い、本を丁寧に、書棚へ戻した。「君は実用的なものばかりに価値を置いているようだね。 この本は、貴重でかつ、新しい本のように保存状態が良く、 私を引きつける魅力があったから、私はこの本を買ったんだ。 何よりもまず、この本を所有する事に、喜びを感じるのでね。」

「それでは、答えにならないよ。怠惰な行為を正当化しているだけさ。」 J.Jはニヤリと笑った。ウイスキーグラスを、本棚の方へと持ち上げて、 「いったい、ここにある本棚の肥やしを、これからどうするつもりなのさ?」

「何に使えと言うのかね。」

「もっと実用的な事にだよ。」

「どうやって?」

「例えばだね、この部屋にあるのは、あらゆる推理小説を集めた、君ご自慢のコレクションだ。 となれば、その中から優れた短編推理小説を選び出してきて、短編推理小説のアンソロジーを 仕立てたら役に立つじゃないか。」

「他はないのかい。」

「まずは一度やってみなよ。」

「そうだけど、」エラリーは笑って言った。「良心が勧めないのさ。」

「君はいつも世の中のアンソロジーの作品の選び方が気に食わないと言っているじゃないか。 だったら君の好みの短編を選んできて本にして、読むべきと君の考える作品を、世に問うたら良いのではないかい?」

「いやいや、J.J、人にはそれぞれ好みというものがあるのさ。」

「良いと思うんだけどな!」

「ブラシを取り替えてくれたまえ、ワトソン君!」

「君のようにすべての作品を読んでいる者は、他には居ないのだし、君自身も推理小説作家であるのだから、 その作品は間違いなく、この分野で抜きん出て、認められると思うのだよ。」

エラリーは首を振って答えた。「いいや、J.J、アンソロジーなんて腐るほどある。 それにアンソロジー以外にも、選集やオムニバスもある、これらも同じ類のものさ。」

「そのどれとも違うものを出すのさ。」

エラリーは目を細めて暖炉の炎を見た。「それが出来る事を天に祈るよ。未だかつて出版された事のないような 独自の視点で編集されたものが出来たなら、楽しいだろうな。」

「そういう考えを持つ事が仕事である、君のような人間にとっては、難しい事ではないはずさ。」

「そうかも知れない。」

「そうかも、でなくて、やってみたら良いじゃないか。」

「えーと、例えば、ドロシー・L・セイヤーは、有名な”オムニバス・オブ・クライム”、という膨大な選集を出していて、 客観的な序文も書いている。ウィラード・ハンティントン・ライトは、”グレイト・ディテクティヴ・ストーリー” という選集を出版し、英国では馴染みの薄い無名な大陸の作家を紹介している。 ケネス・マガウアンは、”探偵”、という選集を出した。ここでは、各作品の冒頭に、探偵についての枕があり、 その中で、探偵の性格を茶化す、という趣向だ。こんな具合に、様々な作品が、すでに出尽くしているのだよ。」

「それなら私も一つ、考えて見る事にしよう。」落ち着かぬネコのように、J.Jは、壁を叩きながら言った。 「物の見方を変えるのは、誰にでも、私にでも出来る事だろうから。」

「創造的なアイデアが出ると良いね。」エラリーは笑った。「判ったよ、J.J、君が考えるなら僕も付き合う。」

「但し、君の難点は」エラリーは友人の肩を叩いた。「自信過剰な所かな。自尊心をくすぐられるような問題を 解決するのは、難しい事なのだよ。さあ、がんばって!」

「そう?」

「私が読んだアンソロジーに共通の欠点は、どれも、3つか4つ、あるいはそれ以上、すでに出版された アンソロジーと、採録する作品が重なってしまっている点だ。新しい作品が100%ではないのだよ。 例えば、ポーの、”盗まれた手紙”、”マリー・ロジェの謎”、”モルグ街の殺人”、 ドイルの”赤毛組合”、”ボヘミアの醜聞”、等の長く親しまれている作品が採録されているんだ。」 J.Jは腕を揺すった。「それなら、これまでにまだ取り上げられていない作品ばかりを選んで アンソロジーを作れば良いじゃないか。」

「G・K・チェスタートンの”奇妙な足音”、ロバート・バーの”放心家組合”、 ベネット・コップルストーンの”執事”なども、忘れてはいけない。」エラリーは笑った。 「判ったよ、J.J。そのルールは厳守するとしよう。 アンソロジーを出版する場合には、一つとして、他のアンソロジーと同じ作品は載せないことにする。」

「そう来なくちゃ。」J.Jは、空になったグラスにウイスキーを注いだ。

「いやいや。」エラリーは言い直した。「これは、アンソロジーの内容じゃなくて、 ただのセールスポイントじゃないか。」

J.Jは神妙な顔つきに戻り、再び、部屋を行ったり来たりし始めた。そして椅子に倒れこむように座り、 真顔で考え込んだ。

「簡単そうかな?」エラリーは呟いた。

「もうちょっとさ。」J.Jは、暖炉の炎を見つめながら答えた。そして突然、嬉しそうに飛び上がった。 「こんなのはどうだい?有名な推理小説の探偵たちが、ずらりと働いている探偵社という設定さ。」

「それからどうなるのかな、マック。」とエラリーは言った。

「社長はシャーロック・ホームズだよ。社名は、シャーロック・ホームズ&カンパニー。副社長は ブラウン神父、レジナルド・フォーチュン、エルキュール・ポアロ、…」

「アルセーヌ・ルパンは入れては駄目だな。」エラリーは笑った。「だってお金を持っていってしまうからね。」

「静かに聞いてくれよ!この会社が、シアトルからボンベイまで、犯罪は根絶やしにするのさ。そのために、 もっと沢山の社員が必要だ。それで求人広告を出すんだ。すると誰が来ると思う?」

「まるで合衆国の海軍だな。」

「新人の探偵だよ。新人の探偵が登場して活躍するって筋書きだ!面白そうだろ?」

「まあねぇ。でも、アンソロジーの話じゃなかったの?」

「えーと、これがアンソロジーの見せ場の一つなんだよ。」J.Jは目を輝かせながら答えた。 「シャーロック・ホームズ&カンパニーを新たな舞台としてベテラン達は活躍する。 ベテラン達には、それぞれ活躍する作品があるわけだから、もちろん、それらの作品が アンソロジーに収められている、という訳さ。」J.Jは勝ち誇った表情で語り終えた。

「天才だね。」エラリーは話し出した。「だけど、収録する作品のことも考えてみてくれよ。 今回のアンソロジーでは、まだ知られていない作品を選ぶんだろう? 読者に有名な探偵を期待させるのかい?」

J.Jから勝ち誇った表情が消え、ソファに腰を下ろすと、またスコッチウイスキーに手を伸ばした。

でもその手が途中で止まり、「そうか。」と小声で呟いた。「そうか!こんなのはどうだ? 名探偵大集合という筋書きさ。ちょうど腕利きのマジシャンが一年に一度集まる大会のように、 推理の名人たちが、ロンドンかニューヨークに一同に会し、その力量を互いに競い合うんだ!」

「また言わせるのかい?」エラリーはため息をついた。「シャハラザードの掟から 逃れたわけではないんだぜ。」

「なんの大丈夫さ。」友人は答えた。「アラビアン・ナイトは素晴らしいお手本じゃないか。 名探偵たちはそれぞれ、自分が解決した大事件について話すんだ。事実、手掛かり、アリバイ、 すべての事を話す。ただし、真犯人は除いてね。するともう一人の探偵が、同僚の問題を解いて見せるんだ!」

「なるほど、そういうことか…」エラリーは言った。

「面白そうだろ。探偵たちは、互いの知的な戦いに挑戦するのさ!」

エラリーは驚いたように、「挑戦…」と、言葉を繰り返した。「挑戦…読者に…」

J.Jは、どうだと言わんばかりにうなずいた。「僕も今気づいた。その通り、まさに 読者への挑戦さ。読者は自分の知力で、ホームズ、ブラウン、ポワロ、ソーンダイク博士、ルパン、 こういった名探偵たちに挑戦するんだ。読者と名探偵が対決する、ある種のゲームだよ。 こんなアンソロジーなら楽しそうじゃないか、エラリー。」

「ちょっと待ってくれ。」エラリーは呟き、メガネを外してレンズを拭きながら言った。 「読者への挑戦。ゲーム。」彼は椅子から立ち上がると、本棚に駆け寄った。 友人はそれを不思議そうに見ていた。エラリーは分厚い本を1冊取り出してきて、 何かのページを探すと、薄い明かりの下で、顔を近づけて読み始めた。 何かの考えに納得したようにうなづくと、彼の顔に明るい笑顔が広がった。

本を片手に暖炉の脇へ急いで戻ってくると、真剣な様子で言った。「J.J。奇跡など 起こらないと言ったが、撤回するよ。僕が間違っていた。君が正しい。」

「真犯人を隠してストーリーを聞かせる推理小説のアイデアが気に入ったんだね。」

「いや、ちょっと違うんだが、君が言った挑戦という言葉から、また新しい 素敵なアイデアがひらめいたんだ!」

「僕はまだ考えていて…」J.Jは少しがっかりした様子。

でも、エラリーは本を抱えて暖炉の傍に座り、「まあ、聞きたまえ。 これから君に、ある有名な推理小説の一部を読んで聞かせる。基本的には 本の通りに読むのだが、探偵の名前が出てくるところだけは変える。 そこはジョン・スミスと言う。」

「ジョン・スミス?でも、なぜ?」

「まあ、やってみよう。良く聞いてくれ。」 そう言ってエラリーは、、ある推理小説を読み始めた。

『いったいがジョン・スミスという男は、運動のための運動はほとんどしない。 彼は誰よりもはげしい肉体的労働に堪え得たし、拳闘家としては、あの体重のものになら 誰にも負けぬ優れた腕をもっているほどだが…』

エラリーは嬉しそうに顔を上げた。「さあ、このジョン・スミスという著名な探偵は誰か判るか?」

「運動…、腕利きの拳闘家、…。」J.Jはつぶやいた。

でもまったく見当がつかない様子。エラリーはますます嬉しそうだ。そして、もう一冊の厚い本から 目当てのページを開いた。

『クリスマスがすんで二日目の朝、お祝いをいいにゆくつもりで、私はジョン・スミスを訪ねた。 彼は紫のガウンを着て、ソファにとぐろをまき、パイプ架を右がわの手近な場所にすえ…』

「さあ、誰だか判るかな?」

「判れば答えてるさ…」J.Jはこぼした。エラリーは続けた。

『ジョン・スミスはマントルピースの隅から例の瓶をとりおろし、注射器を…』

J.Jは叫んだ。「シャーロック・ホームズだ!」

「なかなか面白いだろ?」エラリーは笑って本を閉じた。「僕が読んだのは、”黄色い顔”の冒頭部分、 ”青い紅玉”、そして三つ目は、”四つの署名”の最初の一行だ。ドイルが、シャーロック・ホームズ と書いたところを、言い換えただけ。君も気に入ってくれた?」

「有名な推理小説を採録しつつ、読者にも頭をひねらせるって事だね。」

「その通り。誰もが知っている探偵の名前を、僕が勝手に換えてしまう。そして、 それぞれの小説の探偵が誰か、読者に考えさせるのさ。」

「とってもいいアイデアだと思うけど、」J.Jは眉を寄せて言った。「一般の読者には難しくないかな。」

「大丈夫さ!」確かに難しいものもあるかも知れないが、誰でも知っている有名どこを選ぶのさ。 例えば、ホームズ、ブラウン神父、ポワロ、ルパン、アンクル・アバナー、レジナルド・フォーチュン、 ソーンダイク博士、マックス・カラドス、スコットランド・ヤード、これぐらいにしておくけど、 こういった判りやすい探偵にしておくのさ。」

「名前に意味はないとは言っても、どうだろうかな。」

「ああ、確かに、ジョン・スミスじゃ、良くないね。元の名前とは共通性のある名前にしよう。 例えば、チャーリー・チャン警部の小説だったなら、フランキー・フォン警部、といった所かな。 もちろん、チャーリー・チャン警部は短編小説がない。作者のアール・デア・ビガーズは、 短編を書いていないからね。例として話しただけさ。 つまり、ファイロ・ヴァンス、ネロ・ウルフ、インスペクター・ハナウド、ヒュー・ドラモンド大尉、 といった探偵は、除外しないといけないね。これらを書いた、 S.S.ヴァン・ダイン、レックス・スタウト、A.E.W.メイソン、そしてH.C.マクニールといった作家は、 自分の子供とも言うべき探偵たちに短編を書かなかった。 ジョン・ロードが書いた、ランスロット・プリーストリー博士では、 私が知る限り、短編は、”逃げる弾丸”という作品があるぐらいだ。 でもこの作品は、アンソロジーに採録されているから、私たちのアンソロジーからは外して…。」

「おいおい、まだ、僕の質問に答えていないぜ。」

「大丈夫さ、J.J。選ぶ作品の中には、手掛かりが沢山ある。作品の作者が、自身の書いた 作品の中に、手掛かりを残しているからさ。」

「ホームズの小説に喩えると、手がかりが作品の中に注射されている、という具合かな。」J.Jは聞いた。

「そうさ、読書という行為においては、本質的に、読者は登場人物の特徴に注意しながら読み進む。 探偵の住む場所、物語の舞台となる街、それがホノルルとなれば、間違いなくチャーリー・チャン警部だ。 それから、時代設定。19世紀のロンドンが舞台となると、シャーロック・ホームズか、マーティン・ヒューイットに 自ずから絞られる。探偵の国籍もある。背の低いベルギー人だとなれば、エルキュール・ポワロ以外にない。 探偵の友人、使用人、速記人、警察に勤めている同僚、これに死体というオマケが付く。 これについては、マーカム地方検事なら、ファイロ・ヴァンスの相棒で、 アーチー・グッドウィンなら、ネロ・ウルフ、 バニー・マンダースなら、紳士怪盗A.J.ラッフルズ、と決まっている。

探偵の持つ趣味、生活習慣、身体的な特徴、会話の口癖、服装の特徴、食べ物の好み、 職業探偵なのか、素人探偵なのか。そして何より最も重要なのは、推理の手法だ。感情に従うもの、 論理的なもの、心理的なもの、直観的なもの、現実主義だったり、警察のように堅実だったり、 判ると思うけど、このような事が、探偵の性格を描くために、小説の中で語られていくのだ。 親愛なるJ.J。なかなか本質的な話だろ。」とエラリーは笑った。

「聞いているとワクワクするね。」J.Jは関心した調子で答えた。

エラリーは天井まである暗い本棚を見上げて、思慮深い調子で言った。「アンソロジーを作って、 これらの推理小説に新しい太陽の光を当てるのさ。推理小説のことをあまり知らない読者でも、元々の作品の 良さを楽しめる。推理小説にどっぷり浸かっている読者でも、小説の世界の著名な探偵名を当てるという 目的のもとで、ゲームに参加する新たな楽しみがある。」

「ねえねえ。」と友人は声を上げた。「それをまずは、私にやらせてくれないか。私が答えられるかどうか、 試そうじゃないか。」

「もちろんさ。毎晩1つずつ、シャハラザードのように、探偵の名前を換えて読んで聞かせるよ。 話が終わったところで、作者に関する手掛かりを話す。そこまですべて終わったところで、 君は探偵の名前を上げ、そう考えた理由を話すのさ。」

J.Jは嬉しそうに手を揉んで言った。「よしよし、早速始めようじゃないか。」

エラリーは笑って立ち上がり、本棚から一冊の本を取り出してきた。 友人に背を向け、台の上に目隠しのカバーを取り付けた。 彼は暖炉の前の椅子に戻り、真剣な様子で待ち構えているJ.Jに、 簡潔だが印象深い、”豪華な晩餐”という小説を読んで聞かせるのだった。


脚注

『読者への挑戦状』が生まれるきっかけとなる逸話(?)。 エラリー・クイーンとJ.J.マックの掛け合いが落語のようで面白い!
この探偵当てゲームに挑戦したくなった方は、こちらをどうぞ。⇒ 『エラリー・クイーンから読者への挑戦状』
引用:「シャーロック・ホームズの思い出」「シャーロック・ホームズの冒険」「四つの署名」新潮社、1953年、延原謙

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